そして転生するふたり。
「結婚しよう」
尋の突然の言葉に、奈々は驚かなかった。
驚かない代わりに、目を潤ませながら、尋の方を見て、昔と変わらぬ笑顔で、無邪気に微笑んだ。
それを見て、尋も相変わらずだなと、困ったように優しく微笑む。
辺りは暗くなり、初夏の風は少し肌寒く感じた。
その風から彼女を守るかのように、
尋は、奈々を抱き寄せようと手を伸ばす。
奈々も、返事をしようと口を開こうとしていた。
しかしーー
それは、突然やってきた。
いつもそうだ。
あと少しで、幸せを掴み取れるというところで、
残酷な現実は、否が応にもやってきては、
ふたりをめちゃくちゃにする。
どんなに手放したくない幸せも、
大切に積み重ねてきた、ふたりの時間や、信頼も、
現実の前では、簡単に無くなってしまう。
いつだって私たちは、現実に試される。
そして、私たちは、いつだって無力だった。
ーーこれまでに感じたことのない、激しい地響きと、ゴウゴウというけたたましい音が轟き、辺り一面を歪める。
地震ではない。空も地面も、視界の全ての空間が、すごい速度で歪んでいく。
現実味のないその現象に、ふたりは立っているのもやっとだった。
ついに、耐えきれず、
奈々が、足を取られた瞬間ーー
「ーーっ!?」
足元にあるはずの地面が裂け、奈々は空中へと投げ出された。
「ーー奈々っ!!!」
間一髪、尋の手が奈々を掴む。
が、避けた地面は、どこまでも深く底が見えない。突如、崖と化したそれに、奈々は尋の腕一本だけで、宙吊り状態になっていた。
尋は、必死に近くの木へと、もうひとつの腕を伸ばす。
しかし、木はギシギシと歪みだし、また尋の体力も、限界を迎えようとしていた。
「ーー!尋…!」
心配そうな声は、少し震えていた。
「大丈夫、奈々。俺が助けるから。」
こんな状況にも関わらず、尋は笑みを見せるが、隠しきれないその表情は、とても苦しそうだった。
その言葉を聞いて、奈々は俯く。
「ーーごめんね。」
そう口にした奈々の手は、尋の手から力なく解けていく。
手が離れてしまう瞬間ーー
そんな奈々の腕を、尋は力強く握った。
「ーーっ。諦めんな!!
また1人で勝手に諦めて…。
もう諦めないって決めただろ…」
いつも優しい口調の尋が、
声を震わせながら怒っている。
その言葉が、どれだけ大切か、奈々には分かっていた。
諦めてばかりだった、過去の自分たち。
綺麗事を並べては、言い訳ばかりだった、あの頃。
ひとりぼっちになった苦しみ。
もう、十分に分かっていた。
もう、何があっても諦めない。
そうふたりで決めた。
「ーー諦めない…」
奈々も、尋の腕を掴み返す。
固く結ばれた手と手は、ふたりの決意そのものだった。
これが昔であったら、奈々が手を離すか、ふたり奈落の底へと落ちていくか…。
きっと、破滅的な考えをしていただろう。
だけど、今は違う。
ーーふたりで助かる。
一瞬、無謀かと思えることすら、すんなりと受け入れることができる。
それどころか、本気で無理だと思っていない。
ふたりで助かることが、紛れもない事実であり、現実なんだ。
世界は歪み。ふたりは、勢いよく宙を舞う。
暗黒の底へと吸い込まれ、体は急降下していく。
しかし、何とも心は穏やかで、気がつけば恐怖はなくなっていた。
ふたりの硬く結ばれた手は、それから離れることはなかった。
ふたりが吸い込まれると、地面は元のようにどこまでも続き、木々や草花は日常を生き、世界は、何もなかったかのように、元に戻っていった。
(なな。)