あの頃と今。
深い霧の中、これは幻なのだろうか。
少女奈々は、目を逸らすことなく真っ直ぐナナリアを見つめる。
その目線は冷たいながらも瞳の奥は吸い込まれる程にどこまでも澄んでいるように見えたが、どこか歪であやふやなものが瞳に少し影を落としていた。
ナナリアが少女奈々から目を逸らすと、
少女奈々から長い沈黙を破った。
「…尋は。尋はどこにいるの。」
強い口調と直球な言葉。
ナナリアは、あぁ、本当に私なんだと思った。
「………。」
言葉がうまく出て来ない。
「私の尋を返して。」
少女奈々は返答を待たずに続ける。
「………え?」
思考が追いつかない。
これは一体何が起こっているというのだろう。
「あなた…私じゃないの?」
ナナリアの質問に少女奈々が楽しそうに笑い出す。
「我ながら間の抜けた質問だね。
見たら分かるように、私はあなた。
10年前のあなただよ。」
その言葉を聞いてナナリアの思考は完全に停止する。
「なんで私が私に…何の用事かって?」
言葉が出ない代わりにナナリアは小さく頷いた。
「…わからないんだ?
そりゃそうか。あなたは尋との未来を約束したんだもんね。私が欲しくて欲しくて仕方なかったものを。…でもどうして?
なんで私じゃないの?
ずっと…ずっと好きだった。私だって尋と一緒に生きたかった。私が全部悪いよ?でもね…」
ーーそうか。これは昔の私だ。
そして、今も心の中にいる私だ。
胸が苦しくて痛い。涙が自然と溢れる。
これは、私の孤独と罪だ。
行き場の無かった想いと後悔。
もしあの時、ああしていれば。
もしあの時、あの選択をしなかったら。
もしあの時、もっと違う道を選んでいたら。
もしあの時、全てを捨てられていたら。
もしあの時ーー。
何だこの感覚は…。
そうか怖いんだ。
あの頃の大好きだった思い出が消えてしまうのが私は怖いんだ。
嫉妬…?
今の私にすら、あの頃の私は嫉妬するのか。
我ながら馬鹿っぽい。
あの頃の私も愛して欲しいなんて。
意味がわからなすぎる。
今目の前にいるのは今のふたりなのに。
(なー。)