転らぶ (なー。ひー。交換小説)

なな。と、ひひ。の二人で作っていく世界です。

力を使わぬものたち。

 

「うーん。でも、どうしようかな。」

 

脱出を目論むナナリアの独り言は、小さい声ながらも、閑散とした広い洞窟内では、それなりに響いた。

 

考えていると、不思議と向こうからチャンスは舞い込んでくるもので、その声が消えかけた時、何やら洞窟内を歩く、カツカツという物音が、こちらへと近づいてくるのが聞こえた。

 

「…女よ…生きているかい?」

 

足音が近づき、声のする方を見てみると、薄暗い視界から、先程ここへと、ナナリアを閉じ込めた老婆の顔が見えて、一瞬、ナナリアの顔が、少しだけ強張る。

 

黙っていると、老婆は檻の鍵を外し出し、あろうことか、檻の扉を開け、こちらへと入ってきた。

そして、ナナリアの目の前に立つと、ふわっとナナリアの前へ、手を差し伸べた。

一瞬、何かの攻撃を受けるのかと思ったナナリアが、ビクッと体を震わせ、瞬時に目を閉じる。

ぎゅっと瞑ったまぶたを、少しだけ薄く開くと、ただただ、温かい老婆特有の優しい手があるだけで、事態が分からず混乱するだけのナナリアに、老婆は一言だけ、こう告げた。

 

「……出てこい。イヴ様が、お呼びだ。」

 

             (なー。)

力を使わぬものたち。

ーーどうして。こんなことになってしまったのだろう。

薄暗い牢屋の中、ナナリアとクラゲは身を寄せ合い、隅っこの方で小さくまとまっていた。

檻には小さな小窓があり、その前に、パンと少し冷めたスープ、この村で採れたであろう野菜のサラダと、水の入ったピッチャーが置かれている。

ナナリアは、少し立ち上がり、パンを持つと、クラゲの口元へと、一口大にちぎったパンを運んだ。

「ーー!…ぱくッ。むにゅむにゅ…。」

クラゲは寝ぼけながら、パンに必死で食らいつく。よっぽどお腹が空いていたのであろう。

クラゲはパンを全部たいらげると、また、安心したかのように、深い眠りについた。

それを見てナナリアも、クラゲにくっつきながら、重い目を閉じた。

閉じた目の裏側に、尋の優しい笑顔が浮かぶ。

言いようのない不安と、底知れぬ恐怖。

ナナリアの心もまた、限界だった。

頬を涙がつたって流れては、冷たい地面へ吸い込まれて、何もなかったかのように消えていく。

自分の存在をも、消すかのように。

此処に居ることは、誰も知らない。

誰も、助けには来てくれない。

 

だったらーー

自分から、抜け出すしかない。

待つだけでは、何も変わらないから。

ナナリアは、ゆっくり目を開けた。

 

              (なー。)

 

薄い青色のそれ。

 

 ふわふわと浮かんでいる。

 目の錯覚かと思った。

 ふわふわと浮かんで近づいてくる。

 異世界ならこういうこともあるのかなと思った。

「その声は昨日聞いた声かな」

 ヒロは冷めた口調で聞く。

「そうなのらー。昨日は飛び降りるかと思ったのらー」

 淡い青色の生物、生物と言っていいのかわからないが、それはヒロのそばに来て空中で止まった。

「飛び降りてもいいんだけどね」

 小さく笑った。そういう時のヒロは、冷たいような、優しいような、悲しいような、何とも言えない表情をする。

「飛び降りたら、会えないけどいいのら?」

 おそらく、くらげなのだろう。くらげをぬいぐるみにした感じ? いや、ドラ〇エのホ〇ミンに似ている? そうでもないか。。。

 ヒロは、それを見ながら、色々と考える。考え込むと他には何も入ってこない。

「いいのら?」

 それは、確認するように言う。

「ん?」

 ヒロは、現実に戻ってくる。

「なにが?」

 

 

ひ。

できないことは不幸せなことなのだろうか。

 

 望まなくても、目覚めるものだ。

 何もなくても、世界が広がっていることはわかる。

 世界が色あせていくように思えても、目が覚めれば、光を帯びた景色が見える。

 ヒロロンという人物のことはみんなが知っているが、ヒロという人物については誰も理解できない。違う人間なのだと説いても無駄なことだった。

 何をしていいのかわからない、何ができるのかわからない、それが現状だった。どんな生活をすればいいのかわからないのだ。

 もう体に違和感もない。

 普通に動ける。

 しかし、何をしたらいいのだろう。

 ヒロロンという人物は何を糧に生きていたのだろう。

 それを知ったところで、ヒロがヒロロンと同じことをできるとは思えなかった。

 そんなヒロのことを、最初は、みんなが憐れむように、心配するように接していたが、今では、お荷物のように見ている。ヒロの部屋に来るのは、ハルルンだけで、いつも一人でひきこもっていた。

 幸いなことに、ヒロロンが集めた書物があり、なぜだかわからないが(おそらく異世界転生のご都合設定なのだろう)、読むことができた。それでも、この世界への違和感は取れることはないだろう。

 世界の歴史を見ていると、二分化された社会が見えてくる。

 魔法を使えるものと、魔法を使えないもの。

 そして、ヒロがいるのは、魔法が使えない町。

 もともと魔法なんて使えないヒロにとっては、普通なことだが、この世界では、魔法を使えないというのは落第者というものだ。

「魔法が使える人と」

 ヒロがつぶやく。

「魔法が使えない人」

 目を閉じる。

「どっちが幸せなんだろうなぁ」

 この町の人たちが、残酷なほどに不幸にも見えないから、ふと疑問に思う。

「もし俺が、魔法を使えたら」

 思いめぐらせる。

「ここにはいられないってことかな」

 どっちにしても、魔法の使い方なんてわからない。

 ここには魔法の使い方を教えてくれる人もいない。

 だから、もし魔法適正があったとしても、使えないままだろう。

 

「使えるし、ここにいてもいいと思うらー」

 

 すぅーっと光が窓から入ってきた。

 薄い青空と太陽が重なるような色合いだ。

 ようやく、ヒロは、ナナとの接点に出会うことができた。

 

 

ひ。

久し振りに。

ひーくんのお誕生日記念。シークレット特別編。

異世界。それは想像する世界。

だから、ひーくんのお誕生日という日を一緒に過ごすことができる、もうひとつの世界のことだろう。

これは、私の幸せで痛い妄想のお話。笑。

 

「ーーほぉらッ!起きて、尋!」

急にかけていたタオルケットを取り上げられ、ベッドに丸まる尋を、少し膨れた顔で見る。

「もう。今日は、大事な日だっていうのに…。」

そう言いつつも、呑気に眠たそうにしている尋を少し可愛いと思う自分に気がつくと、いつも少しだけ気が抜けてしまう。

「…んー。…奈々。」

眠そうに私の名前を呼ぶ尋に、きゅんとしてしまっては、負けなのだ。

負けなのだが…。

「…あー、もう!」

なす術もなく、せっかく取り上げたタオルケットを尋へと放り投げた。

すると、タオルケットの中から急に手が伸びてきて、その手によって、私は気がつくと、ベッドへと引き込まれてしまっていた。

「…奈々。もう起きるの?」

尋の声が後ろから聞こえてくる。

完全に後ろから尋に捕まってしまった。

こうなると、もはや起きるまで長期戦だ。

負けを覚悟して、仕方なく眠りにつこうとした時、部屋のドアが勢いよく開く音がした。

「ーーハッピーバースデー、尋!」

ピンク色のぷるぷると水色のぷるぷるが、勢いよく現れて、巨大なクラッカーをパーンッと鳴らした。

「ーー!クラゲさんたちっ!」

私はベッドから飛び起きて、尋から慌てて少し離れた。

「…あれ?なんか、お邪魔だった?」

ピンクのくらげがからかうように、にやにやしていると、となりにいる水色のくらげが、ため息をつき、尋を起こそうと、尋の腕をつつき出した。

さすがの尋も、この騒がしさには勝てないらしく、ぼーっとする頭の中、めんどくさそうに体を起こし私の横へきて、そのままベッドへと腰掛けた。

「…何をそんなに騒いで…。」

あくびをしながら、状況がいまいち分かっていないであろう尋は、眠そうに私の方を見た。

私が少しすねてると思っているのだろう。

尋は優しく私の頭を撫でる。

それでも無言でいる私のことを、心配そうな顔で覗き込む。

「……奈々?」

「…あっちに。」

「ん?あっち?」

「あっちに…いこ?」

そう言って、私は隣の部屋を指差した。

この家は、この異世界でふたりで暮らすために、ふたりで頑張って商売をして手に入れた、ふたりだけのおうちだ。

クラゲたちもここに居着いているが、まわりは森に囲まれていて、近くには綺麗な湖があるくらいで、野生のモンスター以外は誰も居ない。クラゲに乗って街へ行く他、この辺りから出ることはなく、のんびりとふたりで過ごしている。

私が尋をひっぱると、言われるがまま、尋は隣の部屋へと連れて行かれた。

隣の部屋に入ると電気が消えていた。

何も見えない中に、いい匂いが少しする。

どれくらい寝ていたのだろう。と、尋は窓の外へと目をやるも、外も夜なのであろう真っ暗だ。街から帰ってきてすぐに、尋はソファーでくつろぎ出し、少し経つといつものように、うとうとしだしていた。ベッドで寝ないと体を痛めるし、体に悪いからと、いつも私が無理矢理ベッドまで連れて行って寝かせている。今日も、そのいつも通りのパターンだったのだ。

「…せーのっ!…『尋、お誕生日おめでとう!』」

私とクラゲたちが声を合わせてそういうと、ぱっと部屋の電気がついた。

色とりどりの飾り付けされたお部屋、テーブルの上には尋の大好物のブルーアイボリードリの卵を使った料理たちが並んでいて、テーブルの中央には奈々特製のケーキに、尋の年の分、ロウソクがささっていた。

私がはしゃぎながら、尋にロウソクの火を消させて、ケーキを一口尋の口元に運ぶ。

尋がにこにこしてくれるから、私の方がよりはしゃいでしまっていた。

こんな幸せな日が、これからも永遠に続きますように。

 


               なー。

力を使わぬものたち。

ずっと急ぎ足で道をひたすら進み続け、やっとの思いで村の入り口まで来た頃には、さすがのナナリアの息も上がっていた。

息を少し整え、村に一歩踏み入れた時だった。

 

ーーザザッーー。ザザザッーー。

一瞬にして、ナナリアは何人もの村人に囲まれてしまった。

ざっと30人以上。子供から大人まで、老若男女すべての目がナナリアへと向けられた。

子供は怯え、母親の影にかくれる者もいれば、母の前で両手を広げ、守ろうとする者もいた。

男の人たちは手に槍っぽいものを持ち、戦闘でも始めるかのような険しい表情で、ナナリアを睨みつけている。

「どこから来た。何のために此処へと入ったんだ…!」

村人のひとりが、唖然とするナナリアへと大きな声で呼びかけた。

「……あの。私…。このこ…このくらげさんを助けたくて…。その…。」

ナナリアは小刻みに震える腕をぎゅっと掴み、

なるべく敵意のない優しい口調で、辿々しくも必死に村人たちへと訴えかけた。

しかし、村人たちはそれを聞いても、依然として態度を変えることなく、それどころか、男の人3人がかりで、両腕を後ろへと押さえ込まれ、膝を地面につく状態へまで追い込まれ、ついには完全にナナリアは村の人々によって、押さえ付けられてしまった。そこへ、取り上げられてしまったクラゲを持つ老婆が、押さえ付けられているナナリアの前へと、無表情で立った。

「…悪いが、この場所を知られてしまった故、このまま帰すわけにはいかない。そなたが何者かは知らないが、魔法の者であることは、私にでも分かる…。しかし、スパイの可能性や敵意がないとは言い切れん以上……。悪く思うな…。ついておいで…。」

そう言って、背を向け歩き出す。

「…ほら、立つんだ…!」

押さえ付けている男の人たちが、ナナリアの腕を引っ張り持ち上げ、立たせると、その老婆へとついていくよう、ナナリアの腕を後ろに回させたまま体を支え、一緒に歩き出した。

小さな村は、少し今の時代には珍しい古民家が並び、畑、井戸はあったが、目新しいものは何ひとつなく、すべて村の人々の手によって作られたものばかりで、どこを見ても魔法の力やカガクの力を、全く感じられることはなかった。

村の奥まで歩くと、そこには洞窟らしきものがあり、その中へと村人はナナリアを連れ、入って行った。

薄暗い洞窟の中に、何箇所も松明が焚いてあり、ひんやりとした空気の中、村人たちとナナリアの足音だけが、洞窟内に響き渡る。

前を行く老婆が、突然足を止めると、そこには、少し狭めの牢屋が何個かあった。

戸惑うナナリアを、村の男の人たちが牢屋へと押し込み、老婆もクラゲをそこへ投げ入れると、牢屋の鍵を外からかけた。

 

           (なー。)

力を使わぬ者たち。

「……もう、だめ。むりーー。」

奈々を乗せて飛んでいたクラゲは、

徐々に地面へとゆっくり近づいていた。

「ごめん。クラゲさん…。

私。その…重かった?」

「…!違うの、奈々。えっとね……」

クラゲが何か言いたそうにもじもじしている。

「?」

首を傾げるナナリアの下、クラゲのおなかがぐぅー。と大きな音を立てて鳴いた。

「……お腹すいたのーーー!!!」

そう言ってついには、クラゲは地面へとへたれ込んだ。

とっさにクラゲから降りたナナリアは、

心配そうにクラゲを優しく撫でる。

巨大化していたクラゲは、いつの間にか元の大きさへと戻っていた。

「ごめんね、クラゲさん。

そうだよね。もうしばらくお水と少しの木の実しか食べていないもの。

どこか近くに街があればいいんだけど…。」

森を抜け、あたりは草原が広がっていた。

ぐるっとあたりを見渡すと、草原のその先に小道があるのに気づいた。

「ーー!くらげさんッ!

あっちに道がある。人がいるところへと続いているかもしれない。いってみよう!」

ナナリアはクラゲを両手で抱きかかえ、立ち上がった。

クラゲはこんなにも軽いものなのだろうか。

冷んやりしていてぷにぷにという感触はあるのに重さというものがあまり感じられない。

ここが異世界で、この世界では自分の常識や知識など何の意味も持たない。

分かっていたはずなのに…。

急激な不安がナナリアを襲った。

が、ふと良く考えてみると、思い返せばそんな中でも、いつもクラゲだけはナナリアのそばに居てくれたのだ。

クラゲの底なしの明るさに、優しさに何度助けられてきただろう。

この世界で今まで生きてこられたのも、クラゲの存在があったからだ。

力なくナナリアの腕の中に身を寄せるクラゲを見て、不安を一気に払うと、ナナリアは小道へと真っ直ぐ足を急いだ。

 

1時間近く歩いただろうか。

小道は木々に囲まれていたが、

明らかに人工的にできたものだった。

クラゲは眠ってしまったようだ。

すうすうと寝息をたてるクラゲを見て、ナナリアはひとまずホッと胸を撫で下ろした。

また歩みを進めると、少し先に小さな村が見えた。

ここまで歩いてくる途中、誰ともすれ違うことがなかったことには少し疑問を覚えたが、クラゲのことを思うと迷っている暇はない。

ナナリアはまた早足でその村へと急いだ。

 

               なー。