孤塔からの脱出。
「ーー奈々!こっちからなら行けそう!」
クラゲはナナリアの部屋の窓から外を覗いていた。
ナナリアもクラゲの元へと駆け寄る。
どこまでも続く青に、際立って大きい入道雲の数々、目が眩むくらいの光に視界を遮られ、下を見ると、遥か下に薄ら地面が見えた。
「でも…この高さじゃ…。
とてもじゃないけれど、降りれそうにないよ。
私、魔法だって使えないのに…。」
窓の縁に、無気力に腕をのせ、だらっとまた外を眺める。
魔法の世界だと知った時、奈々は少し期待した。
何もない自分に、もしかしたら今度こそ、何か出来るための力が備えついてくれたんじゃないかって。そんなお手軽な力など存在するわけがないのに。
天才だって努力するんだ。レイはこの世界ではかなり優れた天才的な魔術師で、神童だと昔から周りに言われており、人々からの信頼も厚かった。さらに努力家である彼は、日々の鍛錬や研究にも抜かりが無く、自分にも他人にも厳しいため、人に気を許し笑う姿など、ここ何年も見ていない。
それに引き換えナナリアときたら、のんびりこの塔で何をするというわけでもなく、1日の大半を読書に費やし、妄想にふける毎日だ。その中で与えられた使命や期待を完璧にこなす日々。自分の意思などもはや存在しない。なのに、妄想の中の自分はいつも自由だった。体も軽く、どこまでも飛んでいける。そして、誰かのために頑張れる、そう、スーパーヒーローみたいな。そんな妄想を頭の中で繰り広げては、底知れぬ無力さと孤独を知り、自分とともに妄想を消していった。
「ここから…広い場所へ。もっと遠くへいけたら…。」
変わりたいと常に思っていた。
それと同時に恐怖を感じていたんだ。
いつだって失敗を恐れて、だから完璧に。
完璧に何でもやろうとして、極端になっていく。
やることは全て完璧にこなす。
周りの期待に、好意に応えたいから。
でも、出来ないとわかっていることは、全くやらない。
目の前のことを完璧にこなしては、
本当にやりたいことから目を背け、
変化を怖がり、人を怖がり、自分を嫌った。
変わりたい。でも変われない。
どうしたらいい。
そんなのもう分かってるのに。
「ーー奈々。私に任せて…ッ!」
そう言うとクラゲは窓から外へと飛び出した。
クラゲの綺麗な半透明な体が日の光に照らされ、キラキラと輝いている。
まるで時間が止まったかのように、奈々の目にその姿が眩しく焼き付いた。
何年?何年も悩んでいたことだ。
何年も苦しんだことだ。
それをこの一瞬で…?
困惑する奈々を尻目に、クラゲは窓の外へ宙を舞うと、外の空気を大きく吸った。
すると、みるみるうちに空気はクラゲの体内で膨らみ、あっという間にクラゲは何倍にも膨れ上がっていった。
「ーー奈々、私に乗って!」
クラゲが目を輝かせ、奈々へと訴えかける。
「……でも……。私、やっぱり…。」
奈々は未知への恐怖で震えていた。
ここを出たら、全てが変わるだろう。
あんなに望んでいたのに、これは杞憂なのだろうか。変化することがリアルに目の前に現れたことへの恐怖だろうか。恐怖は度々、人を弱くしてしまう。
クラゲのキラキラした目が真剣なものに変わる。
「………奈々、きて!
……尋が。……尋が待ってる!!」
目を閉じると、優しく微笑む尋の姿が蘇る。
『奈々…ほら、大丈夫。深呼吸して。』
乱れた呼吸に気づく。
真っ白になった頭の中が尋で満たされていく感覚。
息を大きく吸って、吐き出した。
不安、迷い、ネガティブな心、すべてを吐き出した。
自分の体じゃないみたいに、驚くほどに体が軽い。
塔の窓から外へと軽々飛び越えた奈々を、
クラゲは優しく全身で受け止める。
どこまでも続く広い外の世界。
今まで感じたことのない、とてもポジティブな気持ち。
もう迷子になることはないだろう。
目的地はもう決まっているんだから。
(なー。)