孤塔からの脱出。
怖いくらいの静けさを感じたことはあるだろうか。
先ほどまで、この場所で激しい戦いが繰り広げられていたとは思えないほどの静けさ。
焼けてしまった部屋の真ん中に、父からもらったうさぎのぬいぐるみが大半は焦げていたが、辛うじて原型をとどめ佇んでいる。
レイの即座に冷却した魔法のおかげで、
ナナリアの部屋は無くならずに済んだ。
このお屋敷で、一際目立つこの塔は、思ったよりもかなり高い位置にあることを知った。
ナナリアを守るためなのか、ナナリアから守るためなのか…。
ナナリアは焦げたうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。
強く抱きしめてしまうと壊れてしまうから、
優しく、力を抜いて。
クラゲは相変わらず心配そうにこちらを見ている。
ナナリアはクラゲの方を見ると力なく微笑んだ。
「ねえ、奈々。
私はさ、色んな人を見てきたよ。
無駄に長生きだからさ。本当に色々な人を見てきたんだ。
奈々は、どうありたい?
優しくいたい?強くいたい?」
「優しくいたいと思っても、傷つけてしまう。
強くいたくても、こんなにもすぐ折れてしまう。」
「そう。でも、きっとまたそう思うよね。
どんなことがあっても、優しくいたいって。
強くありたいって。
どんなに折れても、また。
奈々はそう思うよね。」
「……。
そんな…こんなに無力なのに…。」
「誰のため…?」
ーーダレノタメ?
「……。」
「奈々は、誰のために優しくいたいの?
何のために強くなりたいの?」
「……私は」
考えるまでもない。
目から涙が溢れてくる。
こんなにも空っぽなのに、涙はあたたかくて。
「……私は、尋の…。
私は…尋のために優しくいたい。
私は…尋の隣に居るために…強くありたい。」
「…うん…。
一緒だね、奈々。
私もダーリンのためにそうありたいよ。」
クラゲが微笑み、奈々に寄り添う。
「…ありがとう。くらげさん…ありがとう。」
もう迷いはなかった。
空っぽな心が温かい何かで満たされていく。
誰のために強くなりたい?
誰のために優しくありたい?
そんな簡単なことを私たちは忘れがちだ。
目の前のことに囚われてしまうから。
目の前の悲しみに飲まれてしまうから。
すぐに無力さを感じてしまうから。
でも、きっと大丈夫。
大切な人が教えてくれる。
私たちは、思っている以上に強いということを。
(なー。)