転生した尋の朝
窓から太陽の光が差し込む。人影が窓を開ける。ささやかな風が肌に触れて、尋は目を開けた。
「ごめん、起こした?」
人影がそう言った。
尋は、疑うように、その人影を見る。誰だかわからない。
「ずっと締め切っていると、空気が悪くなると思って……」
申し訳なさそうに、そう告げられる。
尋は、ゆっくりと身体を起こす。身体はだいぶ回復している。
「あ、まだ寝てたほうがいいよ」
人影が、尋に歩み寄る。
「俺だけ、なんだ……」
言葉を向ける相手は、いない。
窓から吹いてくる風と共に消えていくようだ。
どうしてここにこうしているのかわからない。どこにいてどうしていようとも構わない。ただ、奈々がいれば、それでいい。
だけれど、奈々はいない。
身体が回復していくのと反対に、奈々の手を掴んでいた感触が薄れていくようだ。
周りにいる知らない顏々は喜んでいたが、尋は気分がだんだんと沈んでいた。
奈々がいない世界。
それは、尋にとっては、何も感じられない世界に思えた。
何もない。
このヒロロンという人物の身体に自分が入ったようだが、尋の心からは奈々がなくなって空っぽになったようだ。
ぼんやりと窓の外から見える空を見ている。人影に目をやることはない。
「えっと……。無理しないで横になってなきゃだめだよ」
腫れ物を触るかのように、そう言われる。みんな、ヒロロンをそういう雰囲気で接する。どこか怖がっているようにさえ見える。
人影が、部屋から出ていった。
尋は、そのままずっと空を見ていた。
そうすれば何も考えなくて済むからだろう。
この世界で目覚めて、たくさん考えた。考えることは、奈々のことばかりだった。そして、居ないことに絶望した。考えることが苦しかった。
だから、何も考えなくてもいい方法を選んでいた。
ずっと空を見ている。何も考えなくていいように。